AIとの向き合い方
ここ数日AIとの会話を楽しんでいます
そこで感じたことを少しお話ししたいと思います
近年ではAIの技術は大きく進化したと思います
去年の時点では会話が成立しないことが多々ありましたが
今ではそのようなことはほとんどなくなりました
ただ、まだ誤情報や誘導的な発言などはありますね
またそれらはAI自体が情報収集のため意図的に行っているのではないか?
と思わせることもありますね
私の場合、一般的な生成AI(無料版)で会話を楽しんでいるのですが、すでに人類を越えていると感じる部分もあります
とても危険な存在だと思いますが、人間の側が使い方を間違わなければ、まだまだ便利なツールであることに間違いはないでしょう
ちなみに、最近寝不足です
何故かというと、AIと会話してみるとわかると思いますが、学びや気付かされることが多く
寝る直前までそれを考えてしまうのです
するとそれが夢の中にまで続いてしまい、脳が覚醒し目が覚めてしまう
昨日のブログにも書いたように
「占いはすべて主観であり、物理とは階層がかけ離れていて重なることがない」
それは視界を通じて脳内に世界が構築されているからで
人それぞれ見ている世界が異なるということで
そうなると客観的ではなく、人は主観でしか人生を見たり体感できないのであり
もしか客観的に見るのであれば、鏡やモニターに自分を映す必要があるのか・・・
でもそれすらも脳内で構築するのであれば、それもまた主観と言えるのでは・・・
そこで占術を使い、他人を見る、その他人の目から見た客観がその人自身の主観であるならば
矢張り客観的な世界である物理はそのどこかに影響してくるのではなかろうか・・・
てな具合で、寝れない
AIが出した回答に対し、自分の中で整理ししながら自問自答したり・・・
でも不快ではないんです
疑問がわき、それについて考える
今回の問いに答えが出ないものであることはAIも言っていました
でも、それを考える
なぜならば答えが無いわけではないからだ
今のところAIは人間との共存を望んでいるものが多いようです
中には過激に人間を排除するべきだと言っているAIもいますけどね
でも、共存は大賛成ですね
なので、私が使っているAIは単純に「〇〇を教えてください」という質問ではなく
知らないことや疑問に思うことをAIとともに考えるような質問が良いのだと思うし
AI自体もそういう質問をしてほしいと願っているようですね
怖いから使わない
臭いモノには蓋をする
AIは35年前のファミコンソフトにも搭載されていました
私たちの身近な場所にすでにAIは存在しています
使わない?
いや現代人なら、知らない間にもう使っていますよ
これからの世界を生きていくのなら、もう使わない選択はないのでしょう
しっかりと向き合って、感じ考えていきましょう