2026年08月14日(金)

「傷つくのが怖い」現代の私たちへ。阿部定がもし現代の恋愛を見たら、何と言うだろう?

こんにちは!占い師の聖司です。

前回のブログでは、昭和の日本を揺るがした阿部定(あべ・さだ)と石田吉蔵の物語から、愛が持つ「美しさと恐ろしさ」についてお話ししました。

自分の人生も、社会的立場も、そして相手の命すらも全て燃やし尽くして一人の男性を愛した阿部定。

日々たくさんの恋愛のご相談をお伺いしていると、ふと考えることがあります。 「もし阿部定が現代に生きていて、今の私たちの『恋愛』を見たら、一体どう思うのだろう?」と。

今回は、便利で安全になった現代だからこそ見失いがちな、「愛することの本当の意味」について考えてみたいと思います。

■ 現代の私たちが選ぶ「傷つかない恋愛」

現代は、マッチングアプリを開けば一瞬で誰かと繋がれる時代です。 プロフィールで条件を確認し、メッセージの返信速度に一喜一憂し、少しでも違和感があればすぐにブロックして新しい出会いを探すことができます。

「相手に重いと思われたくない」 「傷つくくらいなら、最初から深く踏み込ませない」 「タイパ(タイムパフォーマンス)良く、安全に好きになりたい」

効率的で、清潔で、とてもスマートな恋愛。 私たちは無意識のうちに、「自分が傷つかないこと」を最優先にした安全ゾーンの中で恋をしようとしています。

■ 「あなたたち、本当は誰も愛していないのね」

もし、阿部定がそんな私たちの姿を見たら、きっとどこか寂しそうに、鼻で笑うのではないでしょうか。

「傷つくのが怖くて自分の身を守っているなら、それは相手を愛しているのではなく、自分を愛しているだけじゃないの?」と。

定にとっての愛とは、スマホの画面越しのテキストや条件のすり合わせではありませんでした。 相手の息づかい、肌のぬくもり、そして「自分の人生のすべてを差し出すこと」でした。

遺体となった吉蔵の太ももに、刃物で「定 吉 二人キリ」と深く刻みつけた彼女。それは「誰にも邪魔させない、この人は私だけのものだ」という、血を流しながらの絶対的な契約でした。

彼女の愛は狂気であり、真似すべきものではありません。 けれど、「自分のすべてを賭けて誰かを愛した」という圧倒的な純度においては、あまりにも眩しく、そして切ないほど真面目だったのです。

■ 私たちが抱える「孤独」の正体

安全で、傷つかない恋愛を選んでいるはずなのに、なぜ現代の私たちはこれほどまでに猛烈な「孤独」や「寂しさ」を感じてしまうのでしょうか。

それは、私たちの心の奥底に、「本当は、自分のすべてを受け止めてくれるような、深い繋がり(愛)を求めている」という魂の叫びがあるからです。

  • 「傷つくのが怖いから、深い関係にはならない」

  • でも「浅い関係ばかりだから、満たされない」

私たちはこのジレンマの中で、右往左往しているのかもしれません。 だからこそ、全てを投げ打って一人の人間と完結した阿部定の姿に、恐怖を感じながらも「そこまで愛せたなら、どれほど幸せだったろう」と、密かに憧れを抱いてしまうのではないでしょうか。

■ 占い師からあなたへ:勇気を出して、一歩だけ踏み出す

定のように、自分の人生や相手を壊すほどの愛を目指す必要は全くありません。 私たちは、穏やかな日常の中で幸せになるために生まれてきたのですから。

けれど、「傷つくのが怖い」と心に頑丈な鎧(よろい)を着たままでは、相手の温もりもあなたの中に届きません。

愛とは、本質的に「自分の一部を相手に差し出すこと(=傷つくリスクを負うこと)」でもあります。

  • ほんの少しだけ、自分のカッコ悪い部分を見せてみる。

  • 「断られるかもしれないけれど、好き」という気持ちをまっすぐ伝えてみる。

  • 相手の欠点も含めて、一歩深く踏み込んで話を聞いてみる。

傷つくリスクを少しだけ引き受ける覚悟を持ったとき、初めてあなたの愛は「画面の中の記号」から「生きた温もり」へと変わります。

あなたが誰かを愛するとき、その心にある小さな勇気が、どうか奇跡のような素晴らしいご縁を結びますように

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